ギターは、JMmusicの社長でピアニストの掘譲治さん。
2018年5月22日火曜日
銀山ベースライブ
ギターは、JMmusicの社長でピアニストの掘譲治さん。
2018年5月10日木曜日
尾道トリップ回顧録
いつの間にやら、オサレなお店や宿泊施設がたくさん出来てて。
こうやって、少しずつ変わっていくのね〜と思いつつ、
怪しさ満点すぎて、未だに入れない。。。。
そして千光寺公園でお参り。
瀬戸内に生まれて良かった。
そして、いつの間にやら恋人の聖地とやらになった展望台広場で、一人ソフトクリームを食すわたし。
千光寺のおばちゃんに、しつこく縁結びお守り勧められたけど、やんわり断りおみくじを(笑)
千光寺から下る時は、いつもここのお寺を通ります。
そう思ったら、死は、こわいことじゃなくて、いつもそっと寄り添って、生きることを支えてくれてるもののように思えた。
なぜが定休日のお店が多くて(涙)
またくるね!!!!!!
誕生日【回顧録】
2018年4月23日月曜日
からだの勉強会
2018年4月16日月曜日
情緒不安定な戯言
「自由で、孤独」
自由の対義語は、不自由
孤独の対義語がうまく思いつかなくて、調べてみたら
連帯、とか、一体感、とか。
ちょっと考えて、思ったのは、
安心?安定?
自由で孤独なのと、安心感があって不自由なこと
自由と安定は、両立できないのかなって思ったけど、
不安定な自由は、本当の意味では自由ではないのかもしれないなって
よく言われる、自由と責任、みたいな。
自由と、幸せと、安定と、不自由と、不安定
帰れる場所が、安定があるからこその自由なのか
安心できる場所があるということは、それはもはや不自由なのか
でも、
自由が幸せとは限らない
「不自由な幸せ」
もしかしたら人は、不自由だからこそ幸せなのかもしれない
ひとりで孤独を抱えていきていけるほど、人は強くないから
不自由な中に、安心を見出して
それが所詮、孤独と孤独の寄り合いだったとしても
そしたら人が本当に自由になれるのは、
あらゆるものから解放された時
死
なのかもしれない
心はいつも自由で体が不自由なように
それが生きるということならば
自分の孤独や不安定さを、必要以上に、人に頼ろうとしちゃいけない
これは私だけのもの
だれにも分からない
わかってほしいと、思ってしまうけど、他人なのだから、それは無理だ
でも、どこかにそれがわかってくれる人がいるんじゃないかって、夢想してしまう
きっとでもそれは家族とさえも分かち合えないもの
本当に、私だけのものなのかもしれない
でも、その、
わかって欲しいという気持ちが、愛なのかもしれない
たとえ、わかってもらえなくても
わかってもらえないことがわかっていても
でもその思いが強いほど、孤独も大きくなってしまって
時々、その重さに耐えられなくなりそうになる
でも、それが、私。
そしてそれが私の表現の源なのかもしれない
そこに、希望を求めて、夢をみて
絶望や孤独の底から、光を見上げるように
そしていつも、その絶望の淵から、ギリギリ落ちないでいられるのは、私の中にある、愛の力なのだろうと
2018年4月8日日曜日
先日のライブ
まだまだ未熟ではございますが、今後しばらくこのメンバーで私なりのサウンド作りを目指していきたいと思っていますので、良かったらぜひ、応援よろしくお願いします!
2018年3月31日土曜日
Birdcallライブ
本当にお世話になりました!